クロガネ・ジェネシス

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第三章 再び、エルマ神殿にて

 

零児の独白



 俺は今火乃木の後を追っていた。探すのではない、後を追っているのだ。

 火乃木が下着としてきている黒のシャツには天乃羽々羅《あまのはばら》のお札が張ってある。

 そのお札には魔力を込めてあり、離れた相手の場所を俺に伝えてくれる。

 森の中ではぐれたときに、合流するのに手間取ったから、巨大スライムとの対決のあとに火乃木に持たせていたのだ。

 だから、火乃木がどこにいるのかはすぐにわかる。

 問題は……会って何を話すかだ。

 火乃木が冗談でもなんでもなく、本気でぶち切れたのは初めてだ。

 俺はそんなときどうやってあいつと接すればいいのかよくわからない。いや、と言うより知らないと言うほうが適切かもしれない。

 俺はきっとあいつを傷つけることしか出来ないだろう。

 俺は幸せになれない。あいつの思いを受け止めるだけの資格はない。

 過去の清算なんて出来ない。罪滅ぼしと言っても罪が消えるわけじゃない。

 俺はただ昔の自分が許せないだけだ。自らを罰するために俺は孤独であり続けようとするだろう。

 たとえ……。それが火乃木を傷つけることになっても……。

 火乃木を見つけるのに時間はかからなかった。あいつは小川が見えるところにいて、大木に寄りかかっていた。

「よっ。火乃木」

「れ、レイちゃん!?」

 火乃木は目をぱちぱちとしばたかせて俺を見る。予想外だったからだろう。俺が来ることが。

「な、なんで……?」

「さあて……なんでかな」

 俺は火乃木の横に座った。

 火乃木に目を向けるが、火乃木は俺と目をあわそうとしない。

 まあ、それが普通か。

 俺は視線を小川に移しながら火乃木に話しかけた。

「別にお前を責めるわけじゃない。ただ、もう誤魔化せないから、はっきりさせようと思って……俺は来たんだ」

「……!」

 声にならない声をあげる火乃木。緊張しているのがよくわかる。

「なぁ、火乃木。お前は、俺の何がいいんだ?」

「え?」

「俺のことをそこまで好きだと言ってくれるのは素直に嬉しい。だけど、お前が俺に惹かれる理由ってなんだ?」

「……そんなのわかんないよ」

 小さな声で火乃木は言う。どことなくふてくされてる様な感じだ。

「人を好きになるのに……理由が必要なの?」

「そうだな……愚問だったな」

 人を好きになるのに理由はいらない。三文小説見たいな台詞だが、意外と的を得ているのかもしれない。俺が人を好きになれない理由はあるけど。

「火乃木。はっきり言う」

「う、うん!」

「俺はお前の想いを受け止めるわけにはいかない」

「え……?」

「俺は火乃木を恋愛対象として見ることは出来ない……そういう意味だ」

「……な、なんで」

 火乃木の声に嗚咽が混じり、声が震える。

「俺も、人殺しだからよ……」

「……ウソ」

「嘘じゃない……本当だ」

「…………」

「軽蔑してくれてもいい。だがこれは本当の話だ。俺は……シャロンが殺した数とは比べ物にならないくらい人間を殺している」

 俺の独白に、火乃木はどういう反応をしていいのかわからないといった風に困惑している。

「続けてもいいか?」

「…………うん」

「お前と出会う前。俺は命令される側だった。人を殺すことが仕事だと、そうするのが当然だと命令されてきた。何故そんなことをさせられるのか、何故その命令に逆らえなかったのかはよくわからない。今もなおな……」

「信じられない……」

「だが、事実だ。受け止めてくれ」

「……」

「話を続けるぞ」

 放心しているのか、ショックを受けているのか……。表情からそれを読み取ることは出来ない。少なくとも黙って聞く気はあるようだった。

「だけど、俺は少しずつ疑問を抱くようになっていった。人を殺すと言う行為。それがどれだけ罪深いものなのか。自分がされたらどんな風に思うのだろうと。そして、ある日。俺はただ命令される側だった自分をやめて、そこから抜け出した。自分が本当に人間なのかどうかさえ、よくわからずにただ延々とさ迷い歩きながら、生きてきた。いや、生きてるだけだったと言ったほうが正しいか」

「生きてるだけ……?」

「希望も絶望もなく、その境目もわからず、何を成すために生きていけばいいのかさえ、よくわからずに生きてきたんだ。お前と出会ったのはそんな風に生きていた時だった」

「ボクとの出会い……」

「ああ……お前を見つけたときに思った。命を奪うこと。その行為は本当に正しいことなのかと」

「レイちゃんはそれが正しくないと思ったから、僕を助けてくれたんじゃないの?」

「……実を言うとさ……。今でもよくわからねぇんだ」

「え?」

「人を殺すことが100%間違いなら、処刑と言う刑なんてこの世に存在しないし、逆に正しければ、人間が他人を殺すことに異を唱えるものなどいないはずだと思う。結局何が正しくて、何が間違っているのかなんてのは、人間が勝手に決めることなんじゃないかと思う。周りの人間が後になってからそれを正しかった、間違っていたと言う。善や悪に照らし合わせ、お前は間違っているとか正しいとか言う。俺はそういう考え方自体はとても滑稽だと思う」

「……」

「だけど、そんな風に考えていても結局は心に痛みは走る。殺してきたと言う記憶が俺の心にシミみたいに残るんだ。俺は自分が正しいとは思っていない。ただ、そうするべきだと自分で判断しているだけだ。俺の心は高潔でもなんでもない。美しくもなんともない。俺は自分の罪を、安っぽい偽善行為で清算しようとしているに過ぎない」

「レイ……ちゃん」

「本当のこと言うとさ、幸せになる権利だの資格だの、そんな風に考えることも本当は変だと思う。だけど、それでも俺は幸せになってはいけないのだと思う。そういう生き方をするのが、今の俺にとって正しい気がする。だから、お前の想いは受け取れない。俺にはまぶしすぎるくらい真っ直ぐだから」

「あ……う……」

 こんな考えに何の意味があるのだろう? 人を殺せばなんで幸せになってはいけないのだろう? きっと人間としての本能がそうさせるんだ。そうだ、そうに違いない。

 俺は人殺しを他人事に出来るほど悪人になりきれないだけなんだろうな。きっと。人をたくさん殺してたって幸せに生きてる奴なんてきっといるに違いない。

「これで俺の昔話はおしまいだ……」

「ねぇ、レイちゃん」

「なんだ?」

「じゃあ、どうすればレイちゃんは自分を許してあげられるの?」

「なに?」

 なんだそれは? 自分を許す?

 そんなこと考えたこともない。

「レイちゃん、変だよ!」

「な、何がだよ?」

 火乃木の態度が豹変する。いつも通りの感じだ。コイツ自分が袖にされたって分かってんのか?

「昔のことに囚われて、いつまでも気にしてるなんておかしいよ! ずっと自分をいじめ続けてきたんなら、もう許してあげてもいいと思う! レイちゃん今言ったじゃない! 幸せになる権利とか資格とか、そんな考え方おかしいって!」

「いや……だからそれは」

「自分をいじめるのはやめようよ。苦しいだけだよ」

「分かってるよ、そんなこと」

「分かってない! それに、レイちゃんは昔話をしただけ! 肝心なことをボクは聞いてない!」

 火乃木はどんどん強気になっていく。さっきまで落ち込んでいたのが嘘のようだ。火乃木と俺の人生観の違いによるものなのか?

「聞いてないって何を?」

「レイちゃんが、ボクのことどう思ってるのかってこと!」

 うあっ! 確かに!

「レイちゃんが……昔の自分を恥じているのは分かるよ。だから幸せになってはいけないって思ってるんでしょ?」

「まあ……な」

「ボクは……気にしないよ。ボクにとっては出会ってからのレイちゃんが、ボクにとってのレイちゃんの全てなんだもん」

「全て……ねぇ」

「ボクはレイちゃんが好き。それだけは本当。レイちゃんが昔の自分を許せなくて、それで苦しんでいるのなら……ボクは」

「……?」

「レイちゃんが自分を許せるまで、ボクがずっと一緒にいる! だから……教えて欲しい。レイちゃんがボクのこと……どう思ってるのか……」

「お前……」

「……ん?」

「よくそういう恥ずかしい台詞を平気で言えるよな……」

「!!!!!!」

 途端、火乃木の顔が真っ赤になった。自分で言った台詞の臭さに気づいたのだろう。

「バ、バカーーー!!」

 火乃木の拳が炸裂する。俺の顔面に。ああ、痛い……!

「人がせっかく真面目にお話してるのに、なんでそういう茶化すようなこと言うのさ!」

「いてて……。なんだ元気じゃねぇか」

「あ……」

 火乃木が一瞬固まる。

「いいパンチかますじゃねぇの。あてて……」

「ご、ごめん! い、痛かったよね! え、え〜っと……」

 火乃木は何の迷いもなく、自分が殴った俺の頬をぺロリと舐める。

「うわぁ! 舐めんでいい! 舐めんで!」

「あうううう……なにやってんだろボク……」

「取り合えずだ……」

 気を取り直して、改めて落ち着けて俺は話を半ば強引に戻した。

「俺自身のお前に対する気持ちは……正直よく分からない。好きなのか、嫌いなのか。その答えはすぐには出ないだろうと思う」

「そ……っか」

「お前言ったよな。俺が自分を許せるときがくるまで一緒にいてくれるって」

「う、うん……」

 ほんのりと頬を上気させて言う。自分が言った台詞を思い出しているのだろう。

「そのときがいつくるかはわからないけど、お前に対する想いは少しお預けにさせてほしい。いろんな意味で時間が欲しい。今はなんともいえない」

「そっか…………そっか…………うん。わかったよ。そのかわり……必ず答え出してね」

「ああ、分かった」

 言って俺は立ち上がる。

「じゃあ、まずはシャロンに謝ることからだ」

「……」

 シャロンの言葉が出てきた途端、火乃木の表情が曇る。

「どうした?」

「ボクは……あの子を許すことは……できない」

「どうしても……無理か?」

「……」

 また黙りこくる。シャロンに対して憎しみに近い感情を抱いていた火乃木だから、それも仕方がないのかもしれない。

「どうして、そんなにもシャロンを許せないんだ? 左手のことなら、俺は気にしていないぞ?」

「レイちゃんが気にしていなくても……ボクが気になるの……」

 まあ、そりゃあそうか……。でなきゃ、そもそもあんなことを言ってはいないだろう。

 ここで、無理に謝って来い! なんて言ったって火乃木が聞き入れるわけがない。これでも火乃木は頑固なほうだから。

「わかったよ。けどとりあえず、シャロンのところへ行くぞ。ほっとくわけにはいかないからな」

「……うん。ごめんね、レイちゃん。ボク……自分のことばっかりだよね……」

「そう思うなら、シャロンにちゃんと謝ることだな」

 火乃木はうつむいたまま、俺とともに歩き出す。

 シャロンとネルがいる公園に向かって。



 さっきまで、俺と火乃木がいた公園。

 そこにはさっきと一緒にシャロンとネルがいた。

 シャロンは目元を赤くしてオレ達を見る。

「ごめんな、シャロン」

 俺はシャロンに目線を合わせてそう言った。

「レイジ……」

 シャロンは自分が何故謝られているのかよくわからないのか、きょとんした様子で言った。

「レイちゃん?」

「火乃木は馬鹿だからさ。まあ、許してやってくれ」

「……!」

「ちょ、ちょっとちょっとぉ!?」

 俺のあんまりな台詞に火乃木が食って掛かる。それが普通だろうけど……。

「なんでそんなこと言うのさ!」

「実際馬鹿だから」

「ひ、ひどーーい!」

「と言うわけだからさ、火乃木のことは気にしないか、馬鹿だから謝れないんだと思ってやってくれ」

「ウグググググ……」

 火乃木が俺を睨みつけている。怒り心頭といったところか。

「……わかった。火乃木はバカ」

「うわーうわー。わかったよー! ちゃんと謝るよー!」

 これ以上馬鹿呼ばわりされるのを恐れてか、火乃木はそう言った。

「……ご、ごめんね。シャロンちゃん。もう、あんなこと……言わないよ……」

「……うん」

 シャロンはその謝罪を素直に受け取った。

 ……作戦成功だぜ! 

「その代わり……」

 シャロンがさらに口を開く。これ以上なにを言うつもりなんだ?

「ライバル……」

「へ?」

 シャロンは火乃木を指差し、突然そんな言葉を吐いた。

 ライバル? 火乃木と?

「火乃木には……負けない」

「ひょっとして……恋敵ってこと?」

「……(コクン)」

「よ、よ〜し! そういう事なら、ボクだって負けないからね!」

「……(コクン)」

 その対象である俺の目の前で、そんなことを堂々と語らうなよ2人とも!

「いや〜モテるっていいもんだね〜。うらやましいよ。クロガネ君!」

 ネルが屈託なく笑いながら言ってくる。

「別に嬉しくねぇよ……」

 火乃木とシャロンの間に美しい友情(?)見たいなモノが出来た(ような気がした)。

 俺とネルはその光景を黙って見ていた。

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